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本当にこの事業を継ぐの?

~こちらの事例は代表ブログからの転載です~

 

研究用精密機械を販売するO社から、事業承継についての相談を受けました。O社は創業者である現社長の夫が友人2人と共に立ち上げた会社です。株式は夫が40%、友人2人が60%を保有しています。ただ友人たちは資金を出しただけで、実際の経営にはまったく関わってきませんでした。

そんなO社ですが、創業者である現社長の夫が3年前に死去してから、主婦だった現A社長が事業を引継ぎました。

A社長にはサラリーマンと結婚して家を出た娘Bが1人います。これまで社業には関わっていませんでしたが、先代が亡くなってからO社の管理部門を手伝うよう母親に依頼され、現在は経理を担当しています。

BがO社に入社した際、Bの夫であるCも会社を辞めてO社に入社しました。現在は専務として事業全体を統括しており、Bと共にこの会社を継ごうと考えています。

O社は何とか黒字を維持していますが、先代の逝去以来、売上は低迷しており、在庫も月商の8か月近くに達しています。中国から商品を仕入れ、若干の加工をして大学等の研究機関へ製品を卸しています。安価な台湾製品の品質も向上してきており、国内ではかなり苦戦を強いられるようになりました。

O社の売上の50%はアメリカ向けです。アメリカの子会社の社長は、元々先代が採用した現地のパートナーに任せています。彼は優秀な営業マンとのことでしたが、新商品がないことや低価格の競合品の影響で販売は年々落ち込んでいます。また、製品を販売してから資金を回収するまでの期間が長く、アメリカ子会社への売掛金は月商の1年近くにまで達していました。

こんな状況ですからO社の資金繰りは当然厳しく、金融機関からの折り返し融資なしには事業が継続できません。追加融資の依頼をすると、現在借り入れている分も返済を迫られるのではないかと恐れるあまり、A社長は新規の追加資金を個人で捻出してO社に貸し付けており、その額は1億円以上になっています。

A社長は、元々会社勤めの経験がないため、何をして良いのかわからないまま幹部や社員に支えられながら手探りでO社を経営してきました。ただ70歳を過ぎて体力もなくなってきたことから、できるだけ早く娘と娘婿に事業を任せたいと思っています。

一番の心配事は、個人的に会社に貸し付けた資金です。老後のために少しでも回収したいと思っていますが、業績は一向に改善しません。先代社長の友人にも支援を依頼してみましたが、友人たちは出資をしただけで会社の経営には興味がなく、新たな資金支援も期待できません。それどころか、支援の依頼をすれば、株式を高値で買い取るよう求められるかもしれません。

C専務はまだ30代後半です。元々教育関係の仕事で営業をしていたらしく、人当たりは非常に良い方でした。ただ経営の経験がないため、事業を社長から引き継ぐと言っても何をして良いのかわかりません。

現在は経営統括とはなっていますが、実際には営業するわけでも設計ができるわけでもなく、会議に出て話を聞いているだけのようです。

そんなC専務から「経営承継円滑化法についての適用等を含め、事業承継をするにあたってのアドバイスが欲しい」と公的機関のアドバイザーに事業承継の相談がありました。早期の事業承継を考えているため、既に簡易的ではありますが、株式価格も税理士に算出してもらったようです。

現場を見れば経営レベルがわかる

まずは、工場をみせてもらうことにしました。工場と言っても、元々の製品は中国で製造しているものをO社が購入し、日本の研究機関向けに調整して販売しているので、倉庫と言った方が良いかもしれません。

従業員は20名程いますが、工場の中は閑散としています。ただ、倉庫と言われる空間には山のように在庫が積みあがっています。これから出荷されるわけではなく、古くてオーダーが入らないであろう商品もずいぶんたくさんあります。部品も棚にたくさん並べてあります。研究所からは時々部品の依頼があるようですが、それはほんの少しとのことでした。

C専務は「整理しなければならないことはわかっているが、どの製品が不要で、何を整理すべきなのか自分には良く分からず、現場に聞いてもはっきりと答えてくれない」と半分諦め顔です。

そんな工場で、唯一加工をする大きな機械を動かしている人がいました。先代社長が亡くなる直前に当社に入社した工場長です。専務は気を遣うように、「工場長と私は同じ歳なんです」と紹介してくれましたが、紹介された工場長は、特に挨拶することもなく仕事(らしきこと)をしています。

O社の工場は東京から1時間半程度の工業団地にあり、周りにはいくつかの工場が稼働しています。4階建ての建物は10年ほど前に立て替えましたが、現在は半分も利用しておらず、殆ど倉庫として利用しています。

一通り現場を見て事務所等に入ると、そこには数名の事務員がいます。数字についての話を聞こうとしましたが、社長も専務も数字については税理士に任せてあるので良く分からないと言います。

経理を担当している娘のBも、税理士が作ってくれた資料を管理しているだけで、仕訳も良く分からないようでした。唯一、銀行別の借入残高表は自分で管理しているようですが、資金繰りのようなモノは作っていません。今は取り敢えず口座に余裕があるので支払いに困ることはないようです。

営業部には数名がいましたが、ここにも在庫がたくさん積み上げてあります。C専務に話を聞くと、大学や研究機関には営業をかけているものの、どこも予算が限られているため新たな製品購入にはなかなか至らないとのことでした。また、業績が悪いため、できるだけ出張経費を削減しており、営業で訪問するのは関東地方の大学や研究機関だけのようです。

因みにアメリカの拠点にはA社長もC専務も行ったことがありません。年に1度、アメリカの責任者が来日して販売状況や製品の仕入れ、今後の資金計画等について打ち合わせをしているだけとのことでした。

A社長、B経理、C専務、それぞれから話を聞き、工場の様子を見た限り、事業を継続するどころか一刻も早く事業の再建を検討する必要があることは明らかです。

A社長やC専務は、製造、営業、管理部門の何れも把握できていません。先代社長と一緒に仕事をしていた人たちも、今の状況で良いとは思っていないはずです。しかし、トップがいなくなってしまうと、代わって経営ができるような人材は中小企業には殆どいません。O社も結局、何もしないで3年が経ってしまったような感じを受けました。

倉庫の在庫や工場の5Sの状態を見ると、工場長が現場にコミットしている感じはありません。C専務も工場の整理整頓ができていないことはわかっていますが、あまり強くは言えないようです。

問題は在庫と売掛金です。売上の半分を占めるアメリカに一度も行ったことがないということ自体も考えられないことです。A社長は売上が減る中、コストを削減して黒字を確保しなければ銀行から返済要請を受けてしまうと思っています。従業員への給料の支払いも今後は厳しそうです。

公的機関の提案

さて、そんな状態のO社でしたが、公的機関のアドバイザーが真っ先に提案したことは、60%の株式の買い取りでした。確かに今のA社長の持ち分を承継しただけでは、経営承継円滑化法の適用は受けられません。

しかし、この状態で経営を承継しても上手く行く見込みはありません。株式を買い取るにしても、資金をどうやって捻出するのかという問題もあります。

その点については、取引銀行と話をして事業承継の融資ストラクチャーをつくってもらうつもりでいるようでした。もし取引銀行が了承しなければ、地場で親交がある地銀に肩代わりをお願いするつもりのようです。

業績が悪化している企業のメイン行の貸金を肩代わりしてくれる銀行は普通はありませんが、アドバイザーは、税務のプロなので、この辺については、地銀で支援してくれるような先を良く知っているのかもしれません。

今回、私は事業承継の専門家として同行しましたが、承継のストラクチャーよりも、まず足元の資金繰りの見直しと、在庫処分や売掛債権の正常化検討、工場の5Sと工程改善、そしてアメリカの現状把握等々が先であるべきと考えました。

在庫が整理できれば、今の社屋を他社に貸し出して、自社はもっと小さい場所で営業することで賃料を稼ぐこともできます。金額にもよりますが、大きな工場だったので、売却すれば借入の2/3程度は返済ができそうでした。そうなれば、在庫と売掛金の目途さえ立てば、運転資金も不要となり、借入の不安はなくなります。幸か不幸か、この3年間何もしていないに等しいので、会社はいくらでもリストラできそうです。

株式を買い取るにしても、まずは現状の経営状態を株主に認識させ、株主としての責務を果たすように伝えてからの方が良いでしょう。税理士が出してきた株価はかなり高かったので、そんな株価で買い取ると負担だけが増えてしまいます。

また業績が悪化している中では銀行との関係はとても大事です。メイン行も状況はわかっているはずですが、事業承継についてのO社の考え方はまだ正確に伝わっていないかもしれません。公的機関は実際に銀行との折衝も行うと言うことでしたので、メイン行に状況を説明して彼らの考えを聞き、協力を依頼することが必要です。

こうした考えをアドバイザーに伝えたところ、まずはもう少しきっちりと株価算定を取ってから自分の考えで話を進めたいということになりました。

その後、O社の案件に私が呼ばれることはありませんでした。公的機関の人たちは真面目なので、相談者から依頼されたことに対してまっすぐに回答することを優先しているのかもしれません。

今回のように、事業承継が難しい理由の多くは後継者ではなく、事業の健全性や収益性です。実際、O社の問題は事業承継ではありません。事象を見る限り、経営そのものに問題があります。事業自体の市場性等にもよりますが、経営者がまともに経営できないのであれば、どこかに買ってもらうことを考えなければなりません。事業承継をしても、今の体制で経営を続けられないことは明らかです。

それでもファミリーで経営したいのであれば、コンサルタントか人を外部から入れて、事象のひとつひとつを解決できるかどうか判断しなければなりません。

現在、中小企業の相談窓口は各県や市にあり、無料で相談しやすくなっています。相談窓口で働いているアドバイザーは非常に優秀でホスピタリティが高く、良いアドバイスがもらえることが多いです。ただ、大きな問題を丸投げしてしまうと危険なことも多いです。特にM&Aや事業承継に関しては、関係するステイクホルダーとの話や交渉の進め方が大事なので、一人で対応するのではなく、チームで十分戦略を練って話を進めた方が良いケースが多いです。

O社の経営陣は、経営の方向性や日々の運営で、何が正しいかを判断できる状態ではありませんでした。ただこういう企業にこそ、公的機関のサポートが必要とされています。報酬も安いので、関わっているアドバイザーの方々は、ボランティア的な考えで仕事をしていますが、本当に困っている中小企業の経営を支援できるのは公的な機関しかありません。

何が問題かわからず困惑している経営者の支援に少しでもなれるよう、今後も積極的に関わって行きたいと思っています。