「普通の人」が起業する(3)~金融機関との取引で気をつけること

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再起を期して

美容関係の仕事で独立しようと考えたUさんは、創業資金300万円を借りるため、取引金融機関に相談に行きました。すると担当者から、「前回と違う事業への融資はできません」と断られてしまいました。そこで困ったUさんは、融資を受けるにはどうすればよいか相談に来られました。

「これから起業する人が、すでに借り入れを?」と不思議に思い、よく話を聞いてみると、実はUさん、3年ほど前にアロマ商品を販売する事業を立ち上げ、200万円を借りていました。しかし、コロナ禍の影響もあり、事業は1年で休止状態となってしまいます。ただ、借りたお金は返済しなければいけません。そこでUさんは、看護師の資格が生かせる現在の職場で働くことにしたのですが、ここで出会った美容ビジネスに商機を見出し、今回再度、起業を決意したとのことでした。

毎回の返済期日はしっかり守り、当初200万円あった残高は100万円ほどになっています。「ここまで返済したのだから、今度は少し多めの300万円ほど借りられるかも」と考えたUさんでしたが、前述の通り断られてしまいました。

現在勤めている会社は、Uさんの独立に際し、顧客へのアプローチを了解、新事業で使う美容機器も中古品を安く譲ってくれる等の支援をしてくれます。Uさんの施術はとても評判が良く、リピーターも多いため、独立すれば最初から集客が見込めます。

過去に起業したアロマ商品は、友人から誘われて何となく始めました。商品知識も乏しく、業界にも疎かったため、結果的に少し痛い目に会ってしまいましたが、今回は意気込みも違います。ほぼ素人に金融機関が200万円も融資してくれたのになぜ今回はダメなのか、断られた理由がわからず、Uさんは途方にくれていました。

お金に色はないけれど

国が起業を後押ししていることもあって、特に若い人や女性は、比較的融資が受けやすくなっています。では今回、Uさんは何故借入ができなかったのでしょうか。

個人事業主であるUさんが、アロマ商品の販売事業と別の事業を始めることには何の問題もありません。しかし、金融機関から融資を受けた200万円は、アロマ事業を行うための資金です。「アロマ事業が軌道に乗って、売り上げも増えたから運転資金や設備投資が必要」ということであれば追加融資も受けられるかもしれませんが、「前の事業がうまくいかなかったから新たな事業にお金を貸して」ということでは融資は受けられません。

「失敗した人に追加で融資をする」ということも金融機関が融資を断った理由でしょうが、それ以前に、前回の融資と今回の融資は、お金を使う目的(資金使途)が全く違うことが問題です。

金融機関にとって、「資金使途」は融資を実行する際に確認すべきイロハのイです。お金に色はありません、どんなお金でも借りてしまえば一緒です。しかし、金融機関からすると資金使途は融資の目的そのもの、形式的にも、最も重要なチェックポイントです。事業がどういう状態か、業績はどのようになっているかはその次です。

そこで、Uさんには、金融機関に対して、再度、下記のように対応することをアドバイスしました。

1.現事業が立ち行かなくなった理由を説明し、まずは融資を全額返済する。

アロマ事業は、実際に始めてみると契約時点ではわからなかった問題があり、販路の拡大が難しかったこと、加えて、コロナの影響でイベント等が開けず、対面販売もできなかったことが原因で休止しました。補助金等を利用して事業を延命することもできましたが、それをせずにすぐに事業をやめたUさんは、早めに見切りをつけてリスクを最小化したとも言えます。その点を説明すると同時に、Uさんには、今借りている融資は、新規の融資を受ける前に全額返済するよう金融機関に約束してもらいます。(返済資金は両親から借りることにしました)

2.新規事業の計画を作成し、起業の背景や成功すると思う理由を説明する。

Uさんの新事業は、看護師という資格がなければできないものです。またUさんの施術は非常に評判が良く、固定客もついており、会社もUさんの独立を応援してくれています。失敗したアロマ事業は未経験でしたが、今回の事業は、初年度から事業の見通しが立っています。そうした点を盛り込みながら事業計画の作成を支援しました。

こうして作成した事業計画を持って再度金融機関に説明すると、新規事業への融資が検討してもらえることになりました。

筋を通すということ

融資の判断は銀行次第ですので、この先どうなるかはわかりません。しかし兎に角、融資を検討してもらえることになりUさんは一安心しています。

このように、金融機関と取引をする際は「筋を通す」ことがとても大事です。

「筋を通す」と言うと、まるで任侠映画のように思えるかもしれません。具体的に言うと、「借りたお金は期日までに必ず返す」、「Aを買うために借りたお金は、Aを売却したら必ず返済する」、「〇〇のために借りたお金を勝手に××に使わない」というのは当然のこと、事情があって返済が遅れるような場合は、様々な手を打ったにもかかわらず、返済ができないという理由を正直に話し、その「様々な手」が金融機関の担当者に「そこまでやってもダメなら仕方ないですね」と言われるようなことです。誰からも「それが正しいやり方だ」と言われるようなことができているかどうかということでしょうか。

反対に、「今月は自家用車を買い替えたので返済はちょっと待ってもらえますか」とか、社運を賭けたプロジェクトと言うくせに、「融資の担保は勘弁して欲しい、金利も少し安くして欲しい」と言えば、それは「筋が通らない」ことになります。リスクを金融機関に多く取らせて、自分は少しでも利益を取ろうとするような話ですからね。

「Aのために借りたお金をBのために使わない」というようなことは、「ダメなの?」と思う方もいるかもしれませんね。杓子定規に思えるかもしれませんが、金融機関との取引ではこうしたことがとても大事です。実際はお金に色はないので、一度借りてしまえば他に融通することができてしまいますが、起業したばかりの頃は、ひとつひとつきっちりと対応している姿を見せることが、信用につながります。

「話に筋が通っている」かどうか「筋を通す人」であるかどうかは、金融機関が取引するに値するかを判断する基準です。中小企業の経営者や起業家は、自分の基準ではなく、金融機関の基準を理解してつきあうことが大切です。

 

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