企業は社風を変えられるのか(21)~環境の変化に如何に対応するか⑤

行動につなげる
さて、ここまで20回に渡って、「企業は社風を変えられるのか」というタイトルでさまざまな取り組みを紹介してきました。企業を取り巻く環境が大きく変わる中、長い年月をかけて企業に醸成されてきた風土を変えるためには、大前研一氏が言うように、人と同じく、「時間配分」、「住む場所」、「付き合う人」を変えることが効果的のようです。( ☞ 企業は社風を変えられるのか(2)、企業は社風を変えられるのか(3)、企業は社風を変えられるのか(4)参照)
「時間配分を変える」とは、同じ仕事の繰り返しをやめる、新たな情報を得るために時間を費やす、考える時間を経営者や管理職が意識して作る等々によってこれまでの時間の使い方を変えてみること。「住む場所を変える」とは、企業が文字通り、物理的に事務所や工場を変える、例えばオフィスを移転したり、社員にリモートワークさせて、働く場所(環境)を強制的に変えることです。時間配分や場所が変われば働く人の行動パターンが変わり、新しい発見やインスピレーションを得られる可能性が高まります。新たな発見やインスピレーションは新しい商品やサービスにつながり、それが企業の成長の源となります。
人の成長は周りの環境にかなり影響されます。前向きな考え方の人と一緒にいると自分まで前向きになれるように、どのような人と接しているかが社員の考え方や行動に大きく影響し、それが企業の風土を作っていきます。ですから、 「付き合う人」を変え、考え方が異なるさまざまな人と社員が接する機会を作ることはとても大事です。
「時間配分」、「住む場所」、「付き合う人」を変えることこの3つの基本にあるものは、「行動を変えるために新たな環境に身を置く」ということです。人が考え方を変えるためには、行動を変える必要があります。じっと座って考えているだけでは何も変わりません。社員を行動せざるを得ない状況に置く仕組みを作る、それが経営者や管理職の役割です。
行動せざるを得ない状況に置く仕組みとは、具体的に言うと、「目的」「目標」「計画」「行動指標」です。ここに関しては、誰でもできる、売上が倍増する目標の作り方②、誰でもできる、売上が倍増する目標の作り方③に少し詳しく書いてありますのでそちらをご覧下さい。
社風を変えるために、経営者が最初にやることは、事業を行う目的を示すことです。企業にそのようなものがないのであれば、企業の目的をMission、Vision、或いは経営理念という形にして、経営者の想いを社員やステイクホルダーに示す必要があります。
企業の歴史が長ければ長いほど、社風を変えるのは難しい。経営者がそれを変えようと思っても、社員は長く慣れ親しんだやり方を変えようとはしません。社員が自発的に動くようにするには、自ら考え、判断し、行動すれば、自分にメリットがある、楽しくなると社員に気付かせることが必要です。メリットや楽しくなるものとは、具体的に言うと、より大きな権限や報酬、仕事のやりがいや自分の成長に対する実感等です。ただそれらは、社員の意識の高さや仕事の内容によって異なります。こちらについては、仕事と報酬の関係について誰でもできる、売上が倍増する目標の作り方⑫に記載していますので、興味がある方はご覧下さい。
経営者が仕組みを作り、社員の発言や行動を促し、何かにチャレンジしようとした姿勢を褒め、失敗しても叱らずに、むしろチャレンジして失敗したことを褒めながら辛抱強く見守る。経営者が社員との信頼関係を再構築するには時間がかかりますが、こうしたことを繰り返すことで、社員は少しずつ自分の考えを言葉として発し始め、それを行動に移すようになります。
「そんな悠長なことやってられない」という声が聞こえそうですね。実際、私も20年前はそう思っていました。もともと気が短い方ですし、最初に勤めた銀行では、周りの人が優秀だったこともあり、何事も「できて当たり前」と思っていました。効率と費用対効果だけを重視していたのかもしれません。
自分のやり方が間違っていると感じたのは、銀行を退職して人材関連企業で働くようになってからです。その会社では年度の初めに全社員を集めて経営方針を発表する場があるのですが、各部門の担当役員がメンバー全員に中期的な方針と今期やるべきこと等を自分の言葉で伝えます。そして、全メンバーからその内容についてのフィードバックをもらうのですが、これが実に辛辣でした。
「説教みたいでつまらない」、「モチベーションが上がらない」、「できていないことばかり指摘されてやる気がでない」、「もっと褒めてほしい」、「顔が怖い」、、、
「まずは、出来ていないことを出来るようにしなければ」と思って話した内容が、若手が多い企業ではこのように受け取られました。今考えると当たり前の反応なのですが、当時は、かなりショックを受けたと共に、ここまで上司にモノを言える組織って素晴らしいなと驚きました。銀行ではここまでストレートにモノを言う人もいなかったので、自分が、如何に閉ざされた世界にいたかということを思い知らされたわけです。
かと言って、すぐにやり方を変えることはできません。私の場合は経営者という立場だったので、自分で自分のやり方を変えるしかないのですが、15年以上たった今でも、たまに昔から染みついているものが出てしまうことがあります。性格や仕事のやり方は、本当に変えることは難しい。特に経験が長くなる程、それは難しくなります。経営者がコーチを雇う理由がよくわかります。
社風も同じです。すぐに変えようと思っても変えられるモノではありません。しかし、企業は個人と違い、各部署で変化を起こすことができれば、その変化がじわじわと別の部署にも波及し、一気に全社に広がる可能性があります。
車輪を揺らせ
大きな車輪を回す時は、最初が一番大変です。組織という車輪が大きくなればなるほど、最初の動き出しは大変になり、一人では動かすことさえできません。それは組織も同じです。企業の歴史が長くなれば長くなるほど、組織が大きければ大きいほど、車輪を回すことは難しくなります。そういう企業で車輪を回そうとするのであれば、まずは自分が関わる範囲で小さな変化を積み上げ、車輪を少しずつ揺らしてみる、次に、外部から新たに採用した人材や、内部のやる気がある人材の協力を得て、更に沢山の変化を積み上げる(車輪を一緒に揺らしてみる)。そうすると、車輪は少しずつ動き始めます。そして、回り始めた車輪は、他の人を巻き込みながらどんどんスピードを速めていきます。
自分の性格や仕事のやり方を一人で変えるのは大変ですが、組織の場合は、最初は一人でも、そこに賛同する人たちが増えるに連れて、各部署でさまざまな変化が生まれ、その輪が全体に広がります。
17回目からは4回に渡って、現在関わっている自動車産業の今後について、私なりの見解を説明しました。自動車部品会社の経営に携わっている身としては、あまり楽しくない予測です。しかし、現実から目をそらし、希望的観測で企業や社員を牽引することはできません。厳しい未来があるなら、その荒波を越えるために「考え」「知恵を出し」「行動する」のが経営者です。
企業や経営者に変化が求められる一方で、これからは、社員も変化が必要な時代になります。リスキリング等を通じて、年齢に関わらず常に能力向上を図っている人、自分の働きと対価を考えて仕事をしている人は、どのような産業でも重宝されます。安定した企業にぶら下がっているだけで安心している人は、企業がなくなったり、所属する部署でリストラが始ればどうするのでしょうか。その時になって右往左往しても遅いのになあと思います。
EV化、自動運転、MaaSといった100年に一度の大波は、あらゆる業種の企業に影響を及ぼします。その大波は、10年、20年先にやって来るわけではありません。あらゆる調査会社のデータは、EV化が想定以上のスピードで進んでいることを示しています。( ☞ 世界のBEVシェアは2035年に59%へ、欧州では90%以上を占めると予測~BCG調査)
完全自動運転(Level5)が実現した世界では、自動車は、超高級スポーツカー等、一部の金持ちの嗜好品以外、個人がクルマを所有することはなくなるかもしれません。いつでもどこでもクルマを安価で自由に利用することができる社会になれば、自家用車を所有する意味がなくなり、クルマのためのコストを別のことに使うことができますからね。そうした未来はすぐそこまで来ています。自動車関連企業は、この1年、いえ、数か月の経営者の判断次第で将来の命運が分かれるかもしれません。
環境の変化に如何に対応するか、新たなビジネスチャンスをどのように掴むかは、企業や人が、固定観念に囚われず、行動を変えられるかどうかにかかっています。
⇨ 「普通の人」の起業(1)~いつかは起業したい!という人のために
⇨ 企業は社風を変えられるのか(番外)~ダーウィンの「種の起源」
⇦ 企業は社風を変えられるのか(20)~環境の変化に如何に対応するか④