企業は社風を変えられるのか(20)~環境の変化に如何に対応するか④

変わる雇用形態
企業がさまざまな変化を求められる一方、社員も単に、より安定した企業で働くための就職や転職を考えるだけでは、環境の変化に対応することが難しくなるでしょう。これからの時代は、安定した雇用や報酬を企業に保証してもらうという考え方が成り立たなくなる可能性があるからです。不思議なもので、若手、中堅の会社員の中には、年功序列に不満を持ち、「実力主義の評価制度にして欲しい」と言うくせに、いざ人事制度が刷新されて、実力主義に近いものになると、途端に不安を感じ、より安定した雇用を求めて走り回る人が結構います。まあ、サラリーマンなんてそんなものなのかもしれませんが。
コロナの広がり、半導体不足、ウクライナ情勢、歴史的な円安、等々の状況で企業の業績が悪化でボーナスが減額、また工場の休業によって給料までもカットせざるを得ない企業が増えている状況では、社員が将来の雇用に不安を感じることは理解できます。終身雇用は望むけど、年功序列は嫌ということなのかもしれませんが、たとえ大企業であっても、安定した雇用や報酬が保証できなくなる日はすぐそこまで来ています。転職に成功した人は、しばらくは今と同じような環境で働くことができるかもしれませんが、それも長くは続きません。いずれはどこの企業にも、現在の雇用体制を変えざるを得なくなる日がやってきます。
これまで日本企業は、メンバーシップ型の企業運営を基本とした採用を行ってきました。メンバーシップ型では、採用された社員は、原則として企業のすべての労働に従事する義務があり、使用者はそれを社員に要求する権利を持ちます。雇用契約自体には具体的なジョブ(仕事)は定められておらず、その都度、使用者の命令によって従事すべきジョブの具体的な内容が決まっていくという点が、日本型雇用のシステムです。( ☞ ジョブ型、メンバーシップ型の違いについてはパーソルホールディングスのHPを参照)
突然中堅社員が退職した営業部門に、後任として開発部門の中堅社員を異動させ、開発部門には他部署から若手社員を充当する。日本企業では、このような玉突きの人事ローテーションが頻繁に行われますが、これもメンバーシップ型の雇用体系になっているからこそできる仕組みです。
大雑把に言うと、このような雇用形態をとる日本企業では、一度採用した人材は企業が存在する限り雇い続けることが原則です。企業はジョブ(職種)に囚われず、必要な部署に人材を異動させることができる。その一方で、社員は「ジョブ」ではなく「企業」と雇用契約を結んだため、企業が存在する限り雇用は守られる。これが一般的な日本の企業と社員の雇用形態でした。企業に就職した社員は、例えば総合職という名の下で、社内の様々な部署で仕事を行い定年まで勤めあげる。終身雇用や年功序列といった人事制度はこうした雇用形態にマッチしていました。
しかし昨今、日本でも大手企業を中心に、メンバーシップ型からジョブ型へ雇用形態の変更を検討する企業が増えてきました。雇用形態がジョブ型になれば、企業は具体的なジョブを特定して個人と雇用契約を締結するため、そのジョブに必要な人員を採用します。例えば、営業課長が辞めてしてしまい、そのポジションが空いた場合、これまでは部下の課長代理や隣の部署の課長がそのポジションを兼務したりしましたが、これからは、営業課長のスキルを持った人材を外部からスカウトして埋めることになるでしょう。また、ある事業部がリストラされる場合、その部署で働いていた社員は別の部署に異動になるのではなく、解雇になる可能性もあります。なぜなら、契約でジョブが特定されている以上、企業はそのジョブ以外の労働をさせることはできないからです。経団連も、2020年1月に日本企業の雇用制度の見直しとジョブ型雇用の推進について言及しています。日本企業には、終身雇用制度を維持できるほどの力はもはやないようです。
実際に私が勤める企業でも、「ファンドに買収され、自動車関連部品の将来も見えない状況で仕事を続けるのは大変。別業種か、もっと安定した企業に移りたい」と転職していく人がいます。私は彼らを見るたびに、「こんな良い機会で仕事できるのに、文句だけ言って去っていくのはもったいないなあ」と思います。35年の社会人経験から、「迷ったときは困難な道を行け」という言葉の重みを理解しているだけに、経営者として、彼らにそれを感じさせることができないことを残念に、もっと言うと申し訳なく思ってしまうほどです。
プロの会社員
日本で自動車関連産業に従事している人は約550万人いると言われています。EV化やライドシェア、自動運転技術の進化による産業構造の変化が起これば、この1/3(約180万人)が失業するといわれています。しかし、この影響は、自動車産業だけに及ぶわけではありません。自動車産業が大きく変化すれば、間接的に関わる周辺企業やそこで働く人にも当然影響が及びます。今後更に、雇用形態がジョブ型に変われば、勤めている企業が大きな影響を受けなくても、所属する部署の閉鎖や整理によって、社員は他部署に異動せず解雇となる可能性もあり得ます。更に、これまでは企業が社内で人材を育ててくれたため、若干能力が足りなくても社内で昇格することが当たり前だったものが、これからは、空いたポストに企業が求めるスキルと経験を持つ人がいない場合、外部から人材を採用するようになる日が来ます。そのような時代には、本人が市場で認められる力と同等の力を付けない限り、その企業に所属しているだけでは昇格できない、報酬が上がらないということになります。
そう考えると会社員は、「働いてお給料をいただいている」ではなく「働いた内容にふさわしい対価を得ている」と言えるような働き方、プロの会社員としての働き方が求められるようになります。これからは、営業なら営業、経理なら経理の分野で経験を積み、能力とスキルを磨き上げ、結果を出し続けられる人だけが、より高い報酬を得られるようになります。
上司の顔色を伺ったり、取り入ることが上手なサラリーマンが出世したのは遠い昔の話になります。相手が誰であっても、自らの考えを意見し対等に議論できるような人が求められる。ですから企業は、社員をこうした人材に育成しなければなりません。
このような社員が増えれば、企業は何もしなくても活性化し、業績は自然に向上します。
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