企業は社風を変えられるのか(19)~環境の変化に如何に対応するか③

限られた資源
社員一人一人の能力を上げるための教育も必要です。企業は社員の力の集合体です。社員の能力が上がれば企業の力は上がります。「高齢の社員をいまさら教育?」と思われるかもしれませんが、定年も60歳から65歳に延長となり、この先70歳になる勢いです。人生100年かどうかはわかりませんが、社員が50歳になっても、まだ15年~20年は企業に貢献してもらわなければならない時代になるのです。
「リスキリング」という言葉を聞かれた方もいると思います。先般、岸田首相の所信表明でも「1兆円をリスキリング支援に投じる」との話がありましたし、最近、日本のメディアでも良く採り上げられるようになりました。リスキリングとは、簡単に言えば、社会人が新しいスキルを習得するために学び直すことです。欧米ではDXの領域を中心に、このリスキリングを行う人や企業が増えており、50歳を過ぎた人でも、新しい職業に就いたり、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、新たなスキルの獲得を目指し学ぶことが一般的になってきました。人材採用が困難な中小企業にとって、限られたリソースである社員を再教育して事業に活用することができるかどうかはこれからの大きな課題です。
リスキリングについては、日本では、まだ多くの企業で検討が始まったばかりですが、中小企業に助成金を出す地方自治体も増えてきていますので、このような制度も活用しながら再教育を始めてみるのが良いと思います。(☞ 東京都のDXリスキリング助成金)
中小企業では、社員の平均年齢が高齢化する一方、若手社員の採用は年々困難になっています。地味なメーカーの仕事は若手社員からは敬遠されますし、優秀な若手人材は大企業にしか興味を持ちません。中小企業が求人広告にいくらお金をかけても、魚がいない池で釣りをするようなものです。
GE(ゼネラル・エレクトリック)は、アメリカのダウ平均株価構成銘柄に、1896年の開始以来、唯一残っている企業です。設立以来約120年の歴史あるその大企業で、CEOはたった9人しかいません。また、アメリカの大企業としては非常に珍しいことにCEOはすべて内部昇進人材です。GEの初代CEOを務めたチャールズ・コフィンは、社員のことを「わたしの部下(my subordinates)が・・・」と語ったことは一度たりともなく、必ず「私の仲間(my associates)」と呼んだそうです。さらに、20世紀最高の経営者と言われるジャック・ウェルチ元CEOがGEに残したものは、「聖域を設けずに、その時代に合わせたビジネスを作っていくという考えと、自分たちの現状をよく理解して、常に次を考えることができる人材」だと言われています。
企業は、人材育成や採用方針についても、これまでのやり方を変える必要があります。一般的に、中小企業には人材の育成方針がありません。大量生産・大量消費、給与は右肩上がりの時代であれば、高いレベルでQCD(Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期))を守ることができるように育成すれば良かったかもしれません。しかし、例えば大学生は、就活の際、社会への貢献度や自分がその企業でどのように成長できるかを重視するようになっています。令和の時代に、昭和の人材育成方針や働き方を強いるような企業は論外として、若手社員には、企業が目指すものを明確に伝える必要があります。更に、社員のキャリアを企業がどのようにサポートするのか、個人個人のライフスタイルに合うような多様な働き方をどこまで許容できるかも重要になってきています。
中小企業も、これまでと同じやり方で学生を追いかけるのではなく、今までターゲットとしてこなかった領域の若手、例えば優秀な留学生や海外人材の採用等も検討すべきだと思います。これまで外国人材といえば、現場作業や単純な事務作業等、オペレーターとして採用してきた企業が多いと思いますが、グローバルに活動する企業では、「幹部候補」として優秀な外国人を採用するケースが増えています。
このブログの中でも、中小企業が優秀な若手を採用するためのいくつかのヒントを記事にしていますので、興味がある方は、「地方企業・中小企業は、大学キャリアセンターとのコネクションを作れ!」を参考にして下さい。
企業の目的を明確にする
現在、私が携わっている自動車関連企業でも、事業構造や人材育成方針の刷新を進めています。これからの環境の変化を考えると、事業構造の変革は待ったなし。業界で長年働いてきた人たちからすると「ありえない」ことであっても、思い切った変革を続けることでしか事業は存続できないと感じています。まさに、ジャック・ウェルチがGEに残した、「聖域を設けずに、その時代に合わせたビジネスを作っていくという考え」が必要です。
そして、彼がGEに残したもう一つの資産、「自分たちの現状をよく理解して、常に次を考えることができる人材」を育成するためには、リスキリングによる従業員の再教育や若手人材の採用等、人材の採用、育成方針を明確にすることは当然ながら、その前提となる企業の目的(存在意義)を、経営者が明確にする必要があります。
企業は自らの目的を果たすために存在します。それは経営者と家族が、安心して生活を続けるためかもしれませんし、経営者が社会に何かを残したい、社会に貢献したいものがあるからかもしれません。前者であれば、大きな組織は必要ありません。そもそも経営者や家族のために身を粉にして働いてくれる人などいないでしょうから。後者の場合、経営者は、自らが掲げる目的に共感する人材を集め、目的の達成に向けて経営者と社員が力を合わせて企業を成長させられる仕組みをつくらなければなりません。
1990年代半ばに出版された「ビジョナリー・カンパニー」では、企業を組織する人間が、企業内に活力を生み出すのは、カネでは計れない動機づけにあるとして、例えば、基本理念を維持しつつ進歩を促す、一貫性を追求する等が企業の持続的発展に重要と説きました。日本では、企業があるべき姿を現す言葉として、「企業理念」や「経営理念」というものがありましたが、「ビジョナリーカンパニー」が広まってから、多くの日本企業が、企業の目的や存在意義、目指す姿を「ミッション」、「ビジョン」、「バリュー」といった形で掲げるようになった気がします。
「経営理念で飯が食えるか」と言う経営者もいますが、経営理念や経営ビジョンを持たない企業は持続も成長もしません。産能大学経営学部の宮田矢八郎教授によれば、経営ビジョンがある会社は、ない会社よりも業績が良いこと、そして、組織が大きくなるにつれて、経営ビジョンが必要となることがデータで証明されています。(☞ 経営ビジョンと業績の関係~「ビジョンで飯が食えるか!」は本当か?)
一方で多くの大学生は、企業が掲げるビジョン、地球環境や社会の問題への取り組み方等を会社選びの参考にしています。(☞ 就職活動で新卒学生が重視すること~経営者の想いや企業の特色、他社との違い)
そもそも、経営者が良い暮らしをしたいという目的しかない企業に集まる人はいません。いるとすれば、それは「単に給料が良いから」等、「おこぼれをもらえる」という理由がある場合だけです。旅行会社が企画したツアーと同じで、何のためにツアーを組むのか、どこに行くのか等を決めていない団体旅行はありません。それと同じで、目的がない企業の旅に社員は付き合ってはくれません。目的地を決め、そこに行きたい人を集め、困難な道のりを共に力を合わせて突き進む。企業経営もこれと同じです。
HPにミッションやビジョンを掲載している中小企業はあまり多くありません。自動車部品メーカーのように、決まった元請けからの仕事しかしていない中小企業では、そもそもHPすらない企業も少なくありません。しかし、事業の環境が変わる中でこれから企業を継続・成長させたいのであれば、自社の存在を外部にアピールするためにもHPは持っておくべきです。もちろんHPを作ったからといって、直接訪れる人は殆どいないので、それだけで求人募集や営業活動ができるわけではありません。HPは、営業活動や求人募集活動を通じて企業を知った人が、「あの会社ってどんな会社なのかな」「何をやっている会社なのか」と後から調べる人のために作るのです。ですから、製品・サービス内容や、社会でどんな存在意義(企業の目的)を示そうとしているのか、そしてできれば、企業の雰囲気が伝わる内容にすると良いと思います。まずは、自社が存在していることをHPを通じて世間に知らしめることが大事であり、余計なお金をかけてSEO対策等を行う必要は全く必要ありません。
因みに、ミッションの語源はラテン語で「送る」などを意味する mittere です。その昔、キリスト教の礼拝の終わりに、司教が「Ite, missa est.(行きなさい、解散する)」と告げる習慣があったことから(missa est は受動完了形)、この表現が「神の言葉を送り届けよ」と解釈されるようになりました。ゆえにmission は「伝道」の意味を表すようになったのです。その後 mission は、広く一般に「任務や使命」の意味でも用いられるようになりました。(三省堂編修所)
(☞ 企業の目的や社員との関係については、 誰でもできる、売上が倍増する目標の作り方③、誰でもできる、売上が倍増する目標の作り方④をご参照下さい)
⇦ 企業は社風を変えられるのか(18)~環境の変化に如何に対応するか②
⇨ 企業は社風を変えられるのか(20)~環境の変化に如何に対応するか④