企業は社風を変えられるのか(18)~環境の変化に如何に対応するか②

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デバイスからソフトウエアへ

米国や中国の新興EVメーカーはIT関連事業等全く異業種から参入しています。EV車は従来の化石燃料車とは異なり、CPUが全てを制御するパソコンやスマートフォンのようなものとなります。今後、自動運転技術が進み、システムが運転のすべてを担い、人が関与しない完全自動運転(Level5)が実現すれば、自動車産業は、ますます、デバイス(車体)よりもソフトウェアが本流となります。

自動運転実現に向けては、公道試験の実績数の多さが重要です。更に、公道試験の実績をベースに集められたデータが多いほど優位となります。公道での試験実績を比較すると、ゼネラルモータやGoogleは100万キロ以上の実績がありますが、トヨタは1万キロにも満たない実績しかありません。Googleは、Google Mapのストリートビュー作成のため、これまでに自動運転車を走らせてデータを取得しています。その実績は、100万キロどころではなく、1億キロとも言われています。トヨタは、米国の自動運転技術を持つ企業の買収、中国企業への出資、富士山の麓にウーブン・シティを構築等々、自動運転技術の取得を遅ればせながら促進していますが、それでも自動運転技術の開発に至ってはEV化の進捗以上に欧米企業に後れを取っています。実際、日本メーカーは、米国や中国企業には全く歯が立たない状態です。

ただ、先月のニュースで、BIPROGY(旧日本ユニシス)が、世界をリードする優れた自動車関連技術の量産化に成功したというニュースが流れました。自動運転の開発現場では、リアルワールドで実車を様々な季節、気象状況、そして道路環境で走らせ、設計したシステムがうまく作動しているかを確認する必要があります。つまり、実車による情報量の多さが絶対必要なのです。情報量で圧倒的に劣っている日本企業が、バーチャルな環境をリアルな走行と組み合わせて様々なシーンを再現することができれば、自動運転技術開発の精度を上げ、量産化までの時間短縮につなげることができるかもしれません。そうなれば、米国や中国に対して巻き返しが図れる可能性があります。(☞ くるまのニュース 2022年9月8日

こうした開発競争の中でも、トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーは、自動運転技術の開発を少しでも遅らせたいと思っているでしょう。DXの進歩により2030年代に完全自動運転(Level5)が実現すれば、機械部品の塊である自動車は、バッテリーを搭載し、CPUでコンピュータ制御されたデバイスへと変化し、その結果、市場を牛耳るのはデバイスを作る完成車メーカーではなくソフトウエアの会社になることが予想されるからです。そうなれば、トヨタなど大手自動車メーカーが自動車産業の頂点に立ち、1次下請け(Tier1)、2次下請け(Tier2)などの部品メーカーに仕事を与えるピラミッド構造がくずれます。自動車メーカーとバッテリーや半導体を製造する部品メーカーとの関係は、パソコン製造会社とインテルとの関係のようになってしまうことでしょう。

環境問題だけでなく、自動車自体がパソコンやスマホと同様の単なるデバイスとなり、ソフトウエアの入れ替えや更新によってUPグレードされるようになれば、クルマのEV化にますます拍車がかかります。移動通信システムが4Gとなったことでスマホが進化し、ガラケーから乗り換える人が増加したように、自動運転が5G、その先の6Gで行われるようになれば、利便性や安全性を求めてエンジン車からEV車に乗り換える人が当然増えます。ここが、「環境に優しいと言われたディーゼルエンジンのように、EVも結局は普及しないかも」とは言えない点なのです。EVを環境とだけ結び付けて将来を予測するだけでは不十分です。自動運転によってスマート化(人工知能化)が促進されることで、クルマは全く違う概念のデバイスに生まれ変わり、自動車産業を取り巻く勢力図は劇的に変化します。

さて、こうした時代の到来を目前にして、中小企業はどのような対策を講ずれば良いのでしょうか。おそらく自動車部品メーカーの多くは、この流れの中で淘汰されるでしょう。完成車メーカーですら、何社生き残れるのかわからない状況ですから。EV化によりエンジンがなくなると、3万点ある部品点数が半分に減るとも言われています。機械部品のサプライヤーは戦々恐々です。自動車メーカーのEV化に伴ってサプライヤーも新たな部品の開発を進めていますが、変化に追いつけるかどうか。。。

磨き上げと採算性

自動車部品を製造する中小企業が単独で新製品を開発することは、あまり現実的ではありません。中小企業経営者の平均年齢は70歳に近づいているので、今更新しいことを考える時間的な猶予もありません。それでも、環境の変化に対応するために、どの企業も今までのやり方を再検証し、必要があれば変えなければなりません。(☞ 中小企業経営者の平均年齢や実態については「なぜ中小企業の数は減るのか②」を参照)

では、中小企業はこの環境の変化に対応するため、具体的にどのような企業運営を行うべきなのでしょうか。

まずは、自社の製品で競争力があると思われる事業を磨き上げ、既存事業への投資をその分野に絞ることです。「競争力がある事業なんかないよ」という企業は、一番利益率が高い事業や最も自信がある技術を磨くことです。そして投資を行う場合は、投資対効果をしっかりと検証し、採算が採れない製品は、元請企業に単価の引き上げや資金支援の要請を行い、自社のリスクを少しでも減らす必要があります。

もちろんその前に、徹底的に自社の生産性を改善してコストの低減を図ることは必須です。自動車部品メーカーは元請企業から毎年コストダウンを要請されるので、「そんなことは言われなくてもやっている」と思いますが、さまざまなコストがUPする中、今までやってきたことの延長線上で生産性の改善を考えているだけでは、顧客の要求水準、世の中の変化のスピードに追いつくことができません。

これまではトヨタや日産、ホンダといった日本の完成車メーカーの動向だけを追っていれば良かったかもしれませんが、前回、企業は社風を変えられるのか(17)~環境の変化に如何に対応するか①でもお伝えした通り、自動車メーカーの勢力図は、これから10年で大きく変わることが予想されます。ソフトウエアに強いIT関連企業、圧倒的なコスト競争力がある中国企業等、異業種や新興企業が次々とEV事業に参入してくるでしょう。また、部品メーカーとの関係も変わるでしょう。バッテリー、モーター、半導体メーカーに対しては、これまでのような、協力会社と完成車メーカーといった関係は成り立ちません。

むしろ、完成車メーカーは、これら部品メーカーの下請けになる可能性すらあります。鴻海のようなEMSメーカーはメーカーは全世界に自動車工場を作ると言っています、携帯電話やパソコンのように、心臓部は半導体メーカーやバッテリメーカーが握って、トヨタや日産は本体を量産するだけの企業になるのかもしれません。そうなると、現在のTier2、Tier3といった下請け企業と完成車メーカーとの関係も今後は変わる可能性があります。

こうしたことを考えると、これまでは売上を増やすために、採算にはある程度目をつぶって案件を積極的に取っていた企業も、今後は個別の採算を見極めて受注の是非を決める必要があります。2030年~35年までには新車は全てEV化されるのであれば、投資回収期間も当然短くしなければなりません。その期間内で投資回収が難しい場合は、受注しない判断も必要です。エネルギーコストは下がる気配はありませんし、人件費は今後も上がり続けます。そのような状況下で採算が採れない案件を受注してしまうと、本来リソースを投入すべき分野への取り組みが遅れます。

もちろん、既存事業の改善だけでなく、新しい分野への取り組みも進めなければなりません。ただ新規事業の推進や新製品の開発は簡単ではありません。事業が不振に陥った企業の経営者は、新規事業の可能性について語りますが、それはまだ海のモノとも山のモノともわからない事業です。新事業に過度に期待した計画は、「計画」ではなく単なる経営者の「願望」です。まずやるべきは、既存事業の採算の改善、整理と既存製品をこれまでとは異なる顧客や業界に如何に販売するかです。新規事業は、そうしたことを行いながら検討すべきだと思います。

 

 

⇨ 企業は社風を変えられるのか(19)~環境の変化に如何に対応するか③

⇦ 企業は社風を変えられるのか(17)~環境の変化に如何に対応するか①

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