企業は社風を変えられるのか(17)~環境の変化に如何に対応するか①

押し寄せるEV化の波
地方都市で生活している人にとって自動車は必需品です。スーパーやコンビニだけでなく、あらゆるお店は顧客が自動車で来ることを前提としていて、どこに行くのもとても便利。私が働く地方は、比較的バスの便が良いのですが、それでも移動は自動車になります。
さてそんな自動車ですが、アメリカではニューヨーク州が2035年以降のガソリン車の新車販売禁止を決定しました。今年8月にはカリフォルニア州も2035年以降、州内でのガソリン車やハイブリッド車などの新車販売を全面的に禁止する新たな規制案を決定しています。自動車の電気自動車(EV)化は欧州だけでなく、ついにアメリカ全土にも広がりそうです。
「カリフォルニア州は環境意識が高いからね。でもアメリカではEVの普及は現実的じゃない、あんな広い国に充電インフラを整えるのはかなり時間がかかる。長距離トラックがEV化するのも無理、せめてハイブリッドだ。」と言っていた人たちも、西海岸のカリフォルニア州についで東海岸のニューヨーク州もハイブリッドすら認めないということになると、いよいよガソリン車やハイブリッド車といった、エンジン車の時代からモーター車の時代になることを覚悟しなければならないでしょう。ハイブリッド車を得意とする日本の自動車メーカーも、米国での販売戦略の見直しを前倒しで行う必要がでてくるはずです。(プラグインハイブリッドの新車販売は20%まで認められます)
そんな中で、トヨタ自動車の豊田章男社長は、先週、同社の製品ラインアップの主要な部分としてガソリン車を維持する考えを示しました。これは、EVへの完全移行に取り組んでいる欧州や米国企業を中心とした競合他社と一線を画す発言です。(☞2022年9月30日 Bloomberg「トヨタ、EV戦略で他社と一線 ~ 普及に予想より長い時間かかると社長」)
トヨタはエンジンが残るハイブリッドや水素自動車を推し進めたい意向のようですが、実際、Tier1やTier2と呼ばれる部品メーカーの多くは、エンジンに関わる部品の新規投資を行っておらず、これから来る大波を乗り越えるべくEVの本格化に向け、すでに動き出しています。
それでもまだ、「航続距離やバッテリーが劣化した場合の交換費用が問題となるEV車と比較すると、圧倒的にハイブリッドの方が優れている。欧州勢は覇権を取り戻すべくEV化を声高に唱えるが、ディーゼルガソリン車の推進の時も同じようなことを言っていた。今回もどうなるかわからない。」という声もあります。
エンジン車では圧倒的なポジションを確立したトヨタをはじめとする日本の完成車メーカー、更に、その垂直統合型ビジネスに取り込まれているサプライヤー企業が、そう信じたい気持ちはわからなくもありません。私も、ハイブリッド車の方がEV車よりもアドバンテージがあると思います。しかし、ハイブリッドがどれほど優れていたとしても、EV化を推進する欧州勢の発信力にトヨタは太刀打ちできないでしょう。
テスラ1社 vs 全自動車メーカー
未来を示す株価を見ると、テスラ1社の時価総額が欧米自動車会社と日系自動車会社を全て足した時価総額よりもはるかに大きくなっています(下記図表参照)。またEV車に限って言うと、アメリカ勢ではテスラが圧倒的ですが、このテスラに追随する企業として、テスラのモデルSの開発者であったピーター・ローリンソンが社長を務めるルーシッドモータースや、米アマゾン・ドット・コムの支援を受けて昨年11月に上場、一時は時価総額が1,000億ドル(14兆円)に達したリヴィアン、更には現金が枯渇し、一時は破綻寸前と言われながらも、ウオールマートや米陸軍から受注を獲得したカヌーといった新興EVメーカーが出てきています。
また、中国にはタケノコのようにEVメーカーが乱立しています。その中でも、携帯電話用のバッテリーを製造する企業として1995年に設立され、2003年に中国国内の自動車メーカーを買収して自動車製造にも乗り出したBYDは、上場するやいなやフォルクスワーゲンの時価総額を超え、テスラ、トヨタに次いで時価総額では業界第3位となっています。その他にもIT企業から参入したNIO、Xpeng(シャオペン)、リ・オートのEV御三家や、先月香港市場に株式を上場したリープモーター等、中国ではEV車が市場を拡大しています。
自動車メーカーの時価総額

こうした新興EVメーカーは、サプライチェーンの構築、生産能力の拡大に対応できていない等々、さまざまな問題を抱えながらも、これまでにない創造と革新的面白さを備えたクルマを次々と市場に投入しており、中国で圧倒的なブランド力を誇っているフォルクスワーゲン(VW)の地位をも脅かしています。VWもEV化に積極的に対応しなければ、ブランド力が大きく毀損し、中国で保有する約4割のシェアの低下も招きかねないと大きな危機感を持ってEV化を加速させています。
その表れともいえるのが、先月末、ドイツのフランクフルト市場へポルシェを上場したことです。ポルシェの時価総額は10兆円超。ポルシェがVWグループ内だった時のVW株価の時価総額が12兆円超でしたから、同社を切り出し、株式を上場させただけでグループの時価総額が約2倍になったことになります。ポルシェはVWグループの中でも利益率が非常に高くブランド力もあるため、このような株価になったと思われますが、VWは、この上場で得た資金をEV化の促進に集中投入すると予想されています。
こうした流れの中で、日本の自動車部品メーカー、特に中小企業はどのように環境の変化に対応していくのでしょうか。今回の豊田社長の発言で、トヨタはしばらく化石燃料やハイブリッド等のエンジン車を作り続ける戦略であることがわかりました。サプライヤーにとっては、この発言で少し安心するかもしれません。そういう意味で、この発言にはさまざまな意図があるかもしれません。ただ何れにしても、自動車部品メーカーは、これまでのように自動車メーカーや元請けメーカーの言う通りに仕事をするのではなく、自社が生き残る戦略を真剣に考え、それを実行することができなければ、事業の存続は難しくなると思います。