企業は社風を変えられるのか(16)~固定観念を変えるには

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事業の転換

産業機械メーカーA社のタイ現地法人は、日本本社で作った製品を輸入してタイ国内に販売していました。タイは日系企業の進出が非常に多い国です。昨今は日本食ブームもあり、小売業の進出も増加、日系企業の数は5千社を超えています。また、アジアのデトロイトと言われるほど自動車関連企業が集まっている国でもあり、5千社の半数近くが製造業です。

A社の製品は日本市場では非常に高いシェアを持っているものの、タイ市場には安価な中国製品が出回っており、ここ数年は、販売が伸びない状況が続いていました。現地の社長は、「タイに進出している日系企業への販売も一回りすると落ち着いてしまった。現地企業にもアプローチしたが、品質がいくら良くても中国メーカーの2倍もする製品は買ってもらえない。」とあきらめ顔です。

A社の製品は、主に工場内で重量物を吊り上げるために使われています。工場の天井に鉄骨クレーンと一体になった製品を設置してワイヤーで重量物を吊り上げて移動させるため、万が一重量物が落下すると大きな事故につながりかねません。このため、安全を重視する日本企業には、高品質で耐久性に優れた同社の製品が選ばれているのですが、耐久性に優れている分、買い替えサイクルが非常に長く、工場の新設や拡張がなければなかなか新規の販売につながりません。

そこで、子会社の業績改善に向け、顧客や市場の現状を把握し、自社のリソースを使ってどのような事業を拡大すれば良いかを分析、その結果、代理店を利用した製品単体の輸入販売から、クレーンの設計から製造、製品販売、サービスまでを一気通貫で自社で提供する事業への転換を進めることになりました。と言っても、もちろんクレーンを製造するとなると、それなりの製造設備とそれらを設置する工場や人員が必要です。赤字のA社にはそんな大きな投資を行うことはできません。そこで、クレーン製造に関しては現地の企業と提携し、当社は全体のシステム設計、製品販売、サービスに注力することにしました。

製品単体を輸入販売する場合とクレーンシステムとして販売することの違い、サービス事業を開始する狙い等々、事業転換を行うに当たっては色々と説明すべきこともあるのですが、ここではあまり関係がないので省略します。兎に角、A社の子会社はタイでサービス事業を行う検討を始めました。

候補者との面談

新たにサービス事業を行うとなると従業員が必要です。もちろん、既存の営業員も活用するのですが、それだけでは足りません。それに、営業員は単価の安いアフターサービスや補充部品の販売よりも、単価が高い製品を販売したがります。そこで、サービス事業に特化した人材を新たに採用することにしました。

しばらくすると、エージェントから数通のレジュメ(履歴書)が届きました。レジュメの選別は日本人の営業部長に任せていたのですが、横で見ていると、部長はレジュメをすぐに選別しています。あまりに早いので、「何を基準に判断しているのか」と聞くと、「女性は外しています」と言います。工場現場に入る営業やサービスは、男性の仕事なので、女性には無理、だから外していると説明されました。

なぜ女性には無理なのかと聞くと、営業やサービスの仕事は、クレーンの上で機械の状態を見たり、工場のベテラン職人と技術的な話をすることが多い、それに工場は油にまみれて仕事をする汚い仕事、そんな職場で女性は働けないでしょうという答えが返ってきました。しかし、クレーンに上って作業するのは運動能力の問題であって、女性だからできないということはありません。むしろ年配の男性が上るよりも若手の女性の方が安全だと思います。それに、現場の職人と話ができるかどうかは、製品知識や経験、コミュニケーション能力の問題です(もちろん、女生徒は話したくないという職人もいるでしょうが)。確かに工場は綺麗とは言えませんが、全ての女性が綺麗なオフィスでしか働きたくないというわけでもないでしょう。

そんな話をしても、営業部長は「他の会社でも女性が現場に入ってるケースはありません。クレーンの仕事は、体力勝負の男性職場です。それに、男社会の中に女性が入ってきて、何かあったらどうするんですか!」と畳みかけてきます。

当時、A社の本社には事務職として女性はいたものの、総合職の女性は企画や人事部門に数名しかおらず、管理職や営業部のスタッフは全て男性でした。ですからこの営業部長の反応も理解できないものではありません。しかし、アメリカの子会社では、過去に女性の営業部長もいたようですし、本当に業界として男性しかいない職場なのであれば、逆に女性社員がいた方が他社との違いが作れるのではと単純に思いました。そこで営業部長と話し、タイでサービス事業を経験している人から情報を得るためという理由で、まずは性別に関係なく候補者と面談してみることにしました。

営業部長が「女性だから」と選別したレジュメを見せてもらうと、日本の履歴書や職務経歴書と違い、とてもシンプルで、具体的な仕事の内容はあまりよくわかりません。その上、何通かはこのような自撮り写真が張り付けてあり、国が違うと感性が随分違うものだと感じました。

この証明写真、まるでアルバイトの求人募集にでも応募するような軽い感じです。「転職の履歴書はこうあるべき」というような日本的な感覚がタイでは通じないことは理解しているつもりでも、「自撮りでも良いけど、もうちょっと証明写真っぽく撮ってよ」とか、「もう少し詳細な経歴を書いて欲しいなあ」と思いながらレジュメを読み、できるだけ幅広く候補者に会ってみることにしました。

そして面接の当日、最初に部屋に入ってきた女性を見た私たちはちょっとびっくりしました。

ドアを開けてにこりともせずに入ってきた彼女は、ノースリーブで両肩にタトゥーが入った、かなりワイルドな出で立ちです。「これはまた随分と日本と違いますね、、、」、そう思いながら彼女との面接が始まりました。

まずは試してみる

タイ人にはタトゥーを入れている人が多くいます。このタトゥーは「サックヤン」と言われる宗教的な意味合いを持つ魔除けの刺青です。元々、田舎の出身者や下級階層の人々が、貧困からの脱出や、良運、安全祈祷などを願い彫られていたものです。図柄はタイに同化したヒンドゥー神が多く、護符文字はパーリ語で黒一色で書かれます。ただ、現在は願掛けとして自分の気に入った図柄を彫る傾向にあるようです。ハリウッド女優のアンジェリーナジョリーのタトゥーもサックヤン、虎を背中に彫っています。

タイ人にタトゥーを入れている人は多いのですが、会社ではノースリーブの女性を見ることがありませんし、基本的にタトゥーは現場の職人のような人が入れていると思っていました。そのため、彼女がドアを開けて入ってきた時、「この人、大丈夫かな」とちょっと不安になりました。

面接はタイ語なので、現地のローカル副社長に通訳してもらいながら進めます。彼女はある産業用機械をメンテナンスするフリーランスで、自ら車を運転してバンコク近隣の工業団地や下町の工場を回ってはサービスメンテナンスを行いながら、補給部品を販売していました。補給部品は組み立てる必要があるらしく、日中は工場を回り、そこで受注したものを家に帰って家族と組み立て、翌日顧客に届けているとのことでした。

私が、「工場を回ってメンテナンスを行い、家に帰ってまで仕事するなんて、当社の女性社員では考えられない」という話をすると、「そんなのタイでは普通ですよ。男性は単価が高いものばかりを狙うけど、部品販売は利益率が高いし、補充部品はストックしておくべきものだということを顧客に理解してもらえれば数が売れる。製品販売よりもサービスの方が儲かるから私のようなフリーランスは実入りが多くなる。それに、工場で働いているのは殆ど男性でしょ?マネージャーはいつもむさくるしい男としか話していないから、私が行って話をすると喜ばれるのよ」と言われてしまいました。

この時、数名の女性候補者とも話したのですが、彼女のインパクトがあまりに強すぎて、それ以外の候補者との話はよく覚えていません。ただ、彼女との面談がきっかけとなり、女性だけのサービス部隊を作ってみると面白いのではないかと思い、早速実行に移すことにしました。

まずは、3名の女性を採用し、彼女たちに製品とサービスの研修を行った上で日系企業を中心に工場クレーンの無料点検サービスを始めました。無料点検サービスも研修の一環のつもりでしたが、驚くことに彼女たちは顧客からさまざまな情報を取ってくるようになったのです。無料点検ということで売り込みをしなかったことが良かったのか、現場のマネージャーやスタッフの懐に入るのが上手いのか、何れにしても彼女たちは男性営業員だと会ってくれないような企業にも臆せず面談を申し入れ、知識や経験が殆どないのに、顧客からさまざまな相談を受けるようになりました。そして時間がたつにつれ、補充部品の販売やメンテナンス契約の数がどんどん増えて行ったのです。

サービス事業部を作ってから3年もたつと、なんと、サービスがA社の現地法人の売上の半分を占めるまでに成長しました。事業立ち上げからすぐにタイの景気が悪化し、国内の自動車生産台数も落ち込んだため、自動車関連産業では、生産を止めて工場のメンテナンスや機器の入れ替えを行う企業が増えたことも追い風となりました。A社も景気悪化の影響を受けて、製品販売数が大きく落ち込みましたが、その一方で、利益率が高いサービス事業が伸びたことにより業績は以前よりも好転、順調に赤字を解消することができました。更に、景気が良い時は製品販売、悪い時はサービス事業という事業ポートフォリオの分散も図れたことで、経営の基盤も以前より安定したのです。

最初は「女性のサービス要員などあり得ない」とあれだけ言っていた営業部長も、この状況を見て、「営業にも女性を是非採用したい」と言うようになり、今では営業員の3割が女性、管理職どころか取締役にまで昇格する女性も出ています。

A社のケースでは、まずは試してみて、それが成功したことで、「女性には無理」という長年の固定観念があっという間に崩れました。

多様化の促進は、できるかどうかわからなくてもまずはやってみることが重要です。同じことを続けていても事業は成長しません。うまく行かなければ別のことを試してみる、常に新しいことを取り入れ、異質なものでも取り込んでみることで変化が生まれます。そして、こうした取り組みがひとつでも上手く行けば、「ダイバーシティが必要だ!女性活用を促進しなければ!」と声高に叫ばなくても、多様性や変化が意外とすんなり受け入れられるということが経験できると思います。

 

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