企業は社風を変えられるのか(12)~「考え、行動する」

変化に興味を持っているか
業績が停滞、或いは悪化している企業に赴くと、「ああ、なるほど」と思うことがいくつかあります。例えば、従業員同士や外部の人に挨拶をしない、玄関が汚れていても誰も気にしない、会議で意見が出ない(でも後から文句を言う)、決めたことをやらない、自部門のことしか考えない、等々、まあ挙げればきりがありません。その中でも、「挨拶」と「清掃」は最もわかりやすいかもしれません。工場の守衛室や玄関を入って5分もすれば、その企業の状況が誰でもわかると思います。
ある企業の再生を引き受けた時、有能と言われている部長に、「ここでは従業員の挨拶がないですね」と言うと、「挨拶なんて自分から部下にすれば良いんですよ」と言われたことがあります。どうやらその部長は、「上司はふんぞり返って挨拶を待っているとは何事か、まずは自分が従業員と同じ目線で接しろよ」と言いたかったようです。しかし、私が言いたかったのは、朝会社に来た時に、従業員同士や外部の人に対して挨拶をしない、つまり人に関心を持っていないということです。
例えば玄関前で所在なさげにしている人を見た時に声をかける、人とすれ違った時に挨拶をする。従業員が周りに目を配り、こうした対応を自然にできる企業は業績も良いです。反対に、従業員が朝の挨拶もまともにできない企業では、殆どの人が他人に無関心、何か変化があっても気づきません。ですから、当然業績もパッとしない企業が多いと思います。この二つの違いは、従業員一人一人が周囲の変化に敏感か鈍感かです。
因みにその部長も、自分から他の人に積極的に挨拶をすることはありませんでした。中間管理職に、口だけは達者な人が多いのもまた業績が悪い企業の特徴です。
玄関にごみが落ちていたり、社旗が汚れていても誰も気にしないという点も同じです。そういう企業では作業現場にも部品の欠片やごみが落ちていたりします。現場の床がきれいになっていないと製品の部品が落ちたり、欠けた部分が床に落ちても気づかず、品質上の大きな問題を見落とす可能性があります。こういう企業の従業員は、「掃除をするのは委託業者の仕事、自分の仕事ではない」と考えているかもしれません。しかし、お客様を迎える玄関に落ちているごみを拾わなかったり、設備が壊れていても誰も気にしないような企業では、従業員が自分たちの仕事を単なる作業としてしかとらえておらず、自分の仕事や会社にプライドを持っていないんだろうなあと感じてしまいます。
そんな企業の従業員は「変化」に関心がなく、日々の仕事を改善する努力もあまりしません。当然、周りのこと、例えば競合先や市場の話に関心を持っている人も殆どいません。そのくせ、面談を行うと、「自分は一所懸命仕事をしている。会社の業績が悪いのは経営陣のせいだから自分には関係ない。業績あげてもっと給料払ってくれ」と不満を口にします。
何でも良いから動かしてみる
こうなってしまった企業を建て直すには、何から始めれば良いのでしょうか。それは、まず何でも良いから、これまでと違う行動を従業員にさせてみることです。
人は「考える」だけでは、何も変わりません。「行動」することで意識は変わります。従業員の不満を聴き、経営者がその解消に向け行動することは大事です。しかし、経営者だけがいくら動きまわっても従業員の意識は変わりません。経営者は、自分だけでなく、従業員を行動に導く仕掛けを作る必要があります。
では、従業員はどうすれば動くのでしょうか。
従業員の行動や企業の風土は、長い年月を経て築き上げられたものです。何かをやればすぐに変わるものではありません。風土を変えるためには、これまで当たり前のように行われてきた作業や、ルールをほんの少しずつでも変えることから始めるべきだと思います。
業績が悪化した企業では、過去に決めたことを、ずっと変えずに続けていることがあります。それが論理的に正しい、或いはある程度理屈の通ることであれば良いのですが、単に「決まり事」だから従っているということも多々あります。
「工場内では必ず帽子を被る」ルールがある企業は多いと思います。もちろんそれには理由があります。
ある企業は、工場の中だけでなく、事務棟の従業員がお昼に社員食堂に行く時、打ち合わせに来訪した取引先が受付から事務棟に入るまでの間にも帽子を被るというルールになっていました。食堂にはそのために帽子をかける場所まで作ってあります。取引先が来訪すると、相手が工場とは全く関係がない営業の人でも、警備室で帽子を渡し、それを被ってもらって応接室がある事務棟に向かいます。その間ほんの20m、事務棟に入れば当然帽子は脱いで商談します。
一体、何のために帽子が必要なのかと不思議に思い、「なぜ受付から事務棟に入る間にもお客様に帽子を被ってもらうのですか」と聞いたところ、誰も答えることができません。
色々聞いた結果、どうやら昔、本社から来た役員に『工場の敷地内に帽子を被っている人と被っていない人がいるのは、統制が取れていないように見えて良くない』と言われ、それ以来、敷地内では従業員であってもお客様であっても関係なく、全員が帽子を被るルールにしたようだということがわかりました。
権威ある人から言われたことをそのまま受け入れ、何の疑問も持たずに続けている。こうした企業ではマネジメントが間違ったことを言っても、従業員は黙ってそれに従います。そして、業績が悪くなれば従業員は「自分たちは言われたことをしっかりやっている、ダメになったのは指示をしたマネジメントのせい」と思うようになります。そして、マネジメントはマネジメントで、「うちの従業員は何も考えない」と嘆きます。
ダメな企業の典型的な社風、「他責文化」はこうして作られていきます。
一旦、結果を受け入れる
このような企業では、経営者が「そんなルール辞めてしまえ」と言えば、すぐにそのルールはなくなります。しかし、それでは社風は変わりません。従業員は、辞める理由を考えず、単に経営者の指示に従っただけですから。
経営者は、単に指示するのではなく、まずは従業員に考えさせ、議論させ、新たなルールを決めさせなければなりません。そこでこの会社の幹部社員に、「帽子を被る理由を考え、被るべき場所と不要な場所を決めて欲しい」と伝えました。
すると数週間後、新しい着帽ルールが決まりました。新しいルールは、「昼休みに食堂に行く時だけは帽子を被らなくても良い」というものです。
帰宅時は引き続き帽子を被らなければならないというので、その理由を尋ねましたが、残念ながら納得できる説明はありませんでした。さらに、お客様にたった20mの間に帽子を被ってもらう理由も「見栄えが良くない」ということで昼休み以外は着帽を続けたいと言ってきました。
言いたいことはいろいろあるのですが、どんなものであれ、幹部が考え、話し合って決めた結果です。「もっと考えろ」と、経営者が言うのは簡単ですが、彼らは経営者が気にいりそうな案は持ってきます。
その繰り返しでは、いつまでたっても自分で考えるようにはなりません。「うちは指示待ち人間が多くて」と嘆く経営者は、従業員に考えさせる機会を与えているか、従業員が考えた結果に満足せず、自分のやり方を押し付けていないかと振り返る必要があります。「考えさせ、出てきた結果を基に、行動させる」ことから始めなければ、いつまで経っても従業員の意識が変わることはありません。再考する機会を与える
もちろん、これで終わりにしては意味がありません。3か月後、今度は担当部署の従業員も含めて、「帽子を被るルールを変更したことによって何か問題が起こったか、ルールは何のためにあると思うか、帽子を被るルールをどこにどのように適応するべきだと思うか」と聞く機会を設けました。その結果、「昼休みに食堂に行く時だけは帽子を被らなくても良い」というルールは、「工場以外では帽子を被る必要なし」というものに変更になりました。
帽子を被るかどうかという、正直言って、どうでもいいことですが、それ一つでも、変えることに対して抵抗があるのが日本の典型的な製造メーカーです。「多様性」など受け入れる余地もなく、統制がとれていることが日本の製造業の強さだと思っている人が日本のトップ企業にもたくさんいます。
そのようなトップの下で、何十年も続いてきたやり方を変えるには時間がかかりますが、トップが出した方針には従うのが、また日本企業の強さでもあります。最終的にはマネジメントが決めなければならないのですが、そこに至るまでに、従業員が自らの考えを積極的に発信し、議論するプロセスを踏めるようになれば、企業はもっと強くなります。
そのためにも、最初は、従業員の答えを受け入れ、その後、マネジメントの考え方や企業のあるべき方向性(MVV)をある程度従業員が理解し始めたら、もう一度、前に投げかけた質問を考えさせる。それによって、従業員は自分たちが過去に決めたことを再考し、改善することで、半年前と今とのギャップを理解し、それを自らの成長として捉えることができます。
実際は、いちいち成長を実感したりしていないでしょうが、人が決めたことを変えるだけでなく、自分たちが決めたことを変える経験をさせることも、社風を変えるためには非常に効果的だと思います。
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