在庫を増やすとなぜ利益が増えるのか~管理会計の視点で考える

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卸売・小売業と製造業

今さら聞けない財務と数字の話㉑~在庫を増やすと利益が増える?」では、帳簿上の在庫を増減させることで、利益を操作できる仕組みを説明しましたが、「企業が生産数を増やして在庫を余分に持つと、なぜ利益が増えるのか、その仕組みを説明して欲しい」という声を随分頂きました。私は会計の専門家ではありませんが、実務の経験から、在庫の増加が利益の増加につながる仕組みを説明したいと思います。

製造業のように材料を仕入れてモノを作るような業種では、在庫を増やすと利益が増えます。小売業や卸売業といった流通業では、単純に在庫を増やすだけでは利益は増えません。

スーパーマーケットが仕入を増やし在庫とした場合を考えてみましょう。

あるスーパーマーケットが100千個の商品を100,000千円で仕入れ、その内80千個が売れた場合、売上原価は下記の通り80,000千円、在庫は20,000千円(@1,000円×20,000個)となります。

1,000円で仕入れた80千個の商品が1個1,300円で販売できた場合、売上は104,000千円(1,300円×80千個)、売上原価は販売個数に対応するので80,000千円(1,000円×80千個)となります。この結果、粗利益(売上総利益)は売上104,000千円から売上原価80,000千円を引いた24,000千円となります。

1,000円で仕入れたものが1,300円で売れたわけですから、1個当たりの利益は300円、これが8万個売れたので、300円×80,000個=24,000千円と言った方が早いかもしれませんね。

ではこの企業が仕入れを10千個増やして110千個にしたとします。仕入れを増やしても、販売できるのは80千個だけですから、新たに仕入れた10千個はそのまま在庫となり、在庫は30千個、30,000千円となります。

さて、この時の粗利益を計算してみましょう。販売した数は80千個ですから、売上は104,000千円(1,300円×80千個)で変わりません。先ほど同様、売上原価は販売した数に対応するので、80千個の仕入れ金額80,000千円(1,000円×80千個=80,000千円)が売上原価となります。

この際、新たに仕入れた10千個はB/S上の在庫となり、P/L上では費用にも収益にも計上されません。よって、粗利益(売上総利益)は104,000千円-80,000千円=24,000千円と先ほどと全く同じ金額になります。

このように、単純に商品を仕入れて販売するだけでは、在庫が増えても売上原価は変わらず、P/L上の利益は増えません。しかし材料を仕入れて製品を作り、販売する製造業の場合は少し状況が異なります。

 

製造業の企業が在庫を増やすには、原材料を仕入れ、加工等により製品にする必要があります。仕入れた原材料を加工等するためには、機械設備や労働者、機械を動かすための光熱費等が必要となります。こうした経費をかけることで、仕入れた材料に新たな価値を付加し、製品として販売するわけです。

ここで、製品にかかる費用を、変動費と固定費に分けて考えてみましょう。(変動費、固定費については今さら聞けない財務と数字の話㉖~売上が10%減ると利益も10%減る? をご覧ください)

製造業では、生産を増やすには、仕入れる原材料や生産に必要な電力といった変動費を増安必要があります。一方で、工場にある機械や労働者の数を増やさなくても、仕入れた材料で製品が作れるなら固定費は増えません。

例えば1日に8時間稼働する工場で、1台の機械で製品を10千個生産しているとします。この工場で機械をフル稼働させ、同じ時間で12千個の製品を作ったとします。2千個の製品を増やすためには原材料が必要ですから変動費は増えます。しかし、同じ機械と労働者数を同じ時間だけ動かして増産ができるなら、労務費や設備の償却費やリース料といった固定費は増えません。固定費は増えていませんが、製品は増産できましたので、製品1個当たりの固定費は下がったことになります。

1個当たりで考えると、売上変動費は変わらず、固定費は下がるため、利益は増えることになります。

もちろん、2千個を増産するために労働時間が伸びれば、残業代や光熱費が若干増えるかもしれませんが、それらが製品1個当たりに占める金額はそれほど大きくありませんので、ここでは考えないことにします。

実際の例で考えてみましょう。

1個当たりの固定費を考える

下記は、あるメーカーが製品を100千個作った時の製造原価です。1個当たりの変動費は1,000円、固定費は総額で50,000千円なので1個当たりの固定費は500円(50,000千円÷100千個)になります。

(変動費は売上の増減に伴って変動するため、1個当たりで考えます。それに対し、固定費は、機械設備、人員等の総額で捉え、生産量に基づいて1個当たりに換算します。)

このメーカーが100千個製造した場合、1500円(変動費1,000円+固定費500円)が、製品1個当たりの製造原価となります。

製造原価が1,500円の製品を100千個製造し、80千個が1,800円で売れたとします。販売は80千個ですから、売上原価(製造原価)は80千個×1,500円=120,000千円となり、残りの20千個、金額にすると30,000千円(1,500円×20千個)は在庫となります。

80千個の製品が1,800円で売れると、売上は144,000千円となります。製造原価は120,000千円でしたから、差額の24,000千円が粗利益(売上総利益)となります。

さて、このメーカーが同じ設備と人を使って製品を10千個増やすと利益はどうなるでしょうか。製品を10千個増やして110千個にすると、変動費の総額は増えますが、1個当たりの変動費は変わらず1,000円です。

では、固定費はどうでしょう、

機械と労働者は増えないので固定費の総額50,000千円は変わりません。しかし製造個数は100千個から10千個増えて110千個になったので、1個当たりの固定費は50,000千円を110千個で割った455円(端数は四捨五入)になります。この結果、110千個作った場合の変動費は1,000円、固定費が455円、1個当たりの製造原価は1,455円となります。

製品を100千個作った時の製造原価は1,500円でしたが、10千個増やして110千個作ると製造原価は1,455円になりました。増産したことで、製品1個当たりの固定費が下がり、その結果製造原価が下がったわけです。

さて、110千個を製造したものの、販売できたのは80千個ですから、売上原価は116,400千円です。残りの30千個は在庫になりますから、在庫金額は43,650千円(1,455×30千個)となります。

110千個を製造した場合も、販売数は80千個、販売価格は1,800円ですから売上は144,000千円と変わりません。しかし、増産により1個当たりの固定費が減ったことから、売上原価は116,400千円(1,455円×80千個)に下がりました。この結果、110千個を製造した場合の粗利益は27,600千円と、100千個を生産した場合より、利益が3,600千円増えてしまいました。

このように、製造業の場合、生産数を増やしても固定費はほとんど変わらないため、たくさん作れば作るほど製品1個当たりの固定費が下がります。その結果、増産した分が販売できずに在庫となっていても、製造原価が下がるので、粗利益は増えることになります。

今さら聞けない財務と数字の話㉑~在庫を増やすと利益が増える?」では、帳簿上の在庫を増減させて、利益を増減する粉飾の方法を説明しましたが、製造業の場合は、このように生産数を増やせば1個当たりの固定費が下がることで売上に対応する製造原価が下がるため、合法的に利益を増やすことができることになります。

もちろん、必要以上に在庫を増やすとキャッシュフローが悪化するので、普通は余分な在庫は持ちません。しかしあとちょっとで年度の利益目標が達成できる!というようなケースで、「キャッシュフローには目をつぶってでも利益を増やしたい」と判断する経営者がいれば、こうした方法で利益を増やすことが可能となります。

尚、最初のスーパーマーケットのケースでは売上原価を変動費と固定費に分けませんでした。一般的に、卸売業や小売業のように、仕入れて販売することで利鞘を稼ぐビジネスでは、少しぐらい取扱量を増やしても、製品当たりの固定費はそれほど下がりません。しかし、倉庫や従業員といった固定費を増やすことなく、取り扱い量や販売を増やすことができたなら、当然固定費は下がり、その分利益が増えます。

固定費型企業と変動費型企業の違いについて知りたい方は、今さら聞けない財務と数字の話㉙~固定費型企業と変動費型企業をご覧いただければと思います。

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