企業の風土を変える(10)

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売却されるノンコア事業

企業の風土に長期間慣れてしまった従業員に意識を変えさせることは困難です。企業が大きくなり、歴史が長いほどその難易度は上がります。小さな企業であれば、経営者が、本気で経営スタイルや従業員への接し方を変えれば成果は現れやすいですが、歴史あるサラリーマン大企業で社員の働き方や考え方を変えさせることは、かなり難易度が高い仕事になります。

昨今は日本でも、市場シェアや成長性が低いノンコア事業を整理して、資源をコア事業に集中させる経営が一般的になってきました。この受け皿としてPEファンドが使われるようになっています。(ファンドが投資する事業や、成長させる方法についてはPEファンドの投資先となる企業の特徴をご覧下さい。)

昨年12月10日の日本経済新聞では、ブリヂストンが自動車のエンジンの振動を低減する部品などを扱う「防振ゴム事業」を、22年7月中に自動車部品を扱う中国企業「安徽中鼎」に売却。また、自動車用のシート部材などを扱う「化成品ソリューション事業」を同年8月中に投資ファンドのエンデバー・ユナイテッドに売却すると報じています。両事業の従業員は7,900人ですが、この人材はそのまま売却先に引き継がれることとなります。ブリヂストンが事業売却に踏み切ったのには、不採算事業を切り離して経営の「選択と集中」を進め、収益力を向上させる狙いがあります。同社は23年12月期を最終年度とする中期経営計画で、19年に約160あった拠点を4割減らすとしています。

化成品ソリューション事業を買収した投資ファンドは、経営への関与を通じて企業価値の向上を図り、数年でその企業価値を2倍以上にして売却をします。このように、企業が自社の事業を整理し、非コア事業を切り離すことをカーブアウトと呼んだりします。

PEファンドが出資するカーブアウト案件は、事業が成熟期を迎え、市場の成長性が見込まれないような事業です。大企業が事業として行うには小さすぎるような事業にベンチャーキャピタルが出資して事業を切り出すカーブアウトとは異なり、ファンドが投資するカーブアウト案件の規模は通常かなり大きくなります。ベンチャーキャピタルが出資する事業は成長性もあり、従業員も自らその事業に賭ける思いがありますが、ファンドが投資するカーブアウト案件は、成熟期を過ぎた事業が多く、働いている社員も年齢が高い人が多いので、成長意欲やベンチャー精神を期待することはあまりできません。切り離された7,900人の従業員にとっては、これまで当たり前のように享受してきた大企業の報酬と待遇が、ある日突然保証されなくなるわけです。可哀そうと思われるかもしれませんが、今後、こうした案件はますます増えて行くと思われます。

企業価値を倍増させる

ファンドが投資するカーブアウトで切り出された企業には、「新しい株主の下で心機一転がんばるぞ!」と言う人はあまりいません。そんな気概のある人のほとんどは、とっくに会社に見切りをつけて辞めています。成長性も見込めず、大企業の仕事のやり方と、プライドに溢れる年配社員で構成された事業を立て直すことはかなり大変です。

ファンドが投資する際は、外部から企業再生ができる経営陣を連れてきます。経営陣が期待されることは、買収した事業の価値を数年で2~3倍にすることです。成熟期を過ぎた企業とは言え、このような企業ではまだ雑巾を絞る余地がある場合が多いので、経営陣が変わることによってそれなりに業績は改善します。しかし、3年程度で価値を2倍にせよと言われると、これはかなり大変な仕事です。

企業価値は、簡単に言ってしまうと、今後その企業がどのぐらい利益を稼ぎ出すかをベースに算定されます。ですから、人件費等の固定費をカットすることで利益を稼いでも、業績が伸びなければ企業価値はそれほど上がりません。銀行が取引先の事業再建に乗り込んでくると、売上よりも、まずコストカットを行って見た目の収益を良くしようとしますが、それしかできなければ企業価値は上がりません。そもそも施策がコストカットだけでは従業員のモチベーションは下がり、エンゲージメントの向上には全くつながらないため、中長期的に事業は衰退していきます。企業価値を上げるには、従業員のエンゲージメントに気を配りながら、基本的には売上を伸ばすか、収益性の高い分野に資源を集中させることで事業構造を変え、利益率を大幅に向上させるような施策を打たなければなりません。

銀行と違い、投資ファンドは企業価値を上げるために経営陣と目指す姿を常に共有し、共に戦略を策定します。ファンドは、資金とネットワークを使って経営陣の役に立つ情報や人材を供給し、経営陣は、自らが持つ経験や知見をフルに活用して経営を立て直し、成長軌道に乗せる。両社が役割をしっかりと分担し、二人三脚で経営を立て直すのが一般的です。

カーブアウトだけでなく、オーナーチェンジが起こった際、最も重要なことは、取引先や従業員の動揺を抑え、新しい方針に希望を持ってもらうことです。特に従業員へのメッセージの伝え方には非常に気を遣います。何故なら、たとえ外部から経営陣を連れてきても、事業を運営するのはこれまでの従業員です。これから事業を建て直す際に必要な人材が動揺して退社されては、思い描くプランの実行に支障をきたします。ですから、ファンドと経営陣は、オーナーチェンジの発表に際しては、取引先と従業員に対するコミュニケーションプランをかなり綿密に立て、あらゆるリスクを排除し、できるだけ先回りして対策を打ち、コア人材の退職者が出ないように努力をします。

カーブアウト案件では、「心機一転がんばるぞ!」と思う社員が少ないと書きましたが、残ってくれた従業員の中には、これまでの体制に不満を持ちながらも様々な理由で会社に留まった優秀な人材もいます。新たに事業に参画した経営陣は、こうした人材を社内で探し出し、これから一緒にやりたいと思っていることを伝えると共に、彼らの声に耳を傾け、信頼関係を築きます。そして彼らを経営に巻き込みながら、事業の改革や、全社の従業員のエンゲージメント向上を図りながら、企業を再生して行きます。

 

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