今さら聞けない財務と数字の話㉙~固定費型企業、変動費型企業とは

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限界利益図を比較する

事業計画を立てるような場合に、「これだけの利益を出したい場合、いくら売上が必要か」、「売上がここまで落ちたら、利益はいくらになるか」等を知るために、限界利益や損益分岐点売上高についての知識が必要となります。

売上の成長に対して利益が伸びる割合は、業種によって異なります。トヨタ自動車のような製造業、イトーヨーカドーのような小売業、三菱商事のような商社、ANAやJRといった運輸業、マイクロソフトのようなIT企業、そして帝国ホテルのようなホテル・旅館業等々、固定費や変動費の割合が業種によって違うため、夫々の企業の限界利益と損益分岐点を理解する必要があります。

こうした利益構造の違いを理解するには、限界利益図を作ってみるのが早道です。限界利益図を見ると、業種によって売上の増減に対して、利益がどのように増減するか等がわかります。
(損益分岐点売上高、限界利益等についての理解が必要な場合は、今さら聞けない財務と数字の話㉖~売上が10%減ると利益も10%減る?今さら聞けない財務と数字の話㉗~損益分岐点今さら聞けない財務と数字の話㉘~限界利益図表を書いてみるを先に読まれることをお勧めします。)

業種による利益構造は企業が固定費型か変動費型かによって異なります。固定的な費用(例えば人件費、減価償却費、家賃等、売上の増減に左右されない費用)の比率が大きい企業を固定費型企業と言います。運輸業やホテル旅館業がその代表です。システムを開発するための人件費の割合が高いIT企業も固定費型企業と言って良いでしょう。これに対し、商品を仕入れて販売する卸売業や小売業のように、人手や設備をあまり持たずに仕入れて売るような商売を行う企業を変動費型企業と言います。

図表1は、固定費型企業の限界利益図です。この企業の損益分岐点売上高は933百万円、変動費率は25%(売上1,000百万円に対し変動費250百万円)、固定費は700百万円です。

この図を見ると、この企業は、損益分岐点を超えて売上が増えると利益が大きくなり、逆に損益分岐点よりも売上が減ると、損失が大きくなることがわかります。

 

図表1:固定費型企業の限界利益図

図表2は、固定費型企業を変動費型企業と比較したものです。左側が変動費型企業、右側が固定費型企業の限界利益図となります。どちらの企業も売上は1,000百万円、営業利益は50百万円と同じですが、図の形が違っていることがわかると思います。

まず、夫々の限界利益図の損益分岐点、固定費のライン(緑色)、変動費のライン(黄色)に注目して下さい。左右の企業の売上、営業利益は同じですが、変動費型企業(左側)の固定費ラインは350百万円、固定費型企業(右側)の固定費ラインは700百万円と、固定費型企業の固定費は変動費型企業の2倍となっています。

損益分岐点売上高はどうでしょうか。変動費型企業の損益分岐点売上高は875百万円、固定費型企業では933百万円と、固定費型企業の方が損益分岐点売上高は高くなっています。

固定費のラインから損益分岐点までのラインがそれぞれの企業の変動費となります(黄色い矢印の部分です)。ご覧いただければわかる通り、変動費を示す黄色の矢印は、変動費型企業の方が2倍以上長くなっています。

この表の損益分岐点売上高は、営業利益がゼロとなる売上高のことです。変動費型企業の損益分岐点売上高は875百万円です。つまり、売上が875百万円であれば営業利益はゼロ、875百万円よりも少なければ(図の左に数字が動けば)赤字、875百万円よりも多ければ(同 右に数字が動けば)黒字ということです。

 

図表2:変動費型企業と固定費型企業の限界利益図を比較する

 

2つの図を比較すると、変動費型と固定費型の企業では、総費用(変動費+固定費)の構成に基づき、損益分岐点売上高の金額が異なるため、売上が増減した場合の利益の幅も異なることがわかります。

では、変動費と固定費をもう少しわかりやすくしてみましょう。(図表3)

 

 図表3:変動費型企業と固定費型企業の限界利益図を比較する(2)

 

なぜ安売りをするのか

変動費型企業、固定費型企業、2つの企業の売上と利益は同じですが、2つの企業を比較すると、売上の増加に伴う売上高線と総費用(固定費+変動費)線の幅、営業利益の増え方の割合が異なります。変動費型企業は、固定費が少ない為、売上が少なくても総費用が少なく利益は出やすいですが、反対に、売上が増えると変動費が大きく増えるため、損益分岐点売上高を越えて売上が増えても、利益の幅は固定費型企業に比べて小さくなってしまいます。

一方、固定費型企業は、設備や人といった固定費の割合が大きいため、売上が小さければ赤字になってしまいますが、損益分岐点売上高を越えると、利益の額は変動費型に比べて大きくなります。

変動費型企業は、卸売業や小売業のように、商品を仕入れて販売する形態の企業です。メーカー等から仕入れ、一定の利ザヤを載せて顧客に販売するだけなので、売上が上がっても基本的に利益の幅はそれほど増えません。しかし、こうした商売では、売上が減少した場合でも、営業利益はそれほど減りません。変動費型企業は、景気が悪くなって売上が落ちたとしても、赤字になるリスクを最小限に抑えることができます。

これに対し、固定費型企業は、損益分岐点売上高を超えて売上が増えると、利益はどんどん大きくなります。固定型企業は、設備や人を抱えているため、一定以上の売上がなければ、この固定費を賄うことができないのですが、一定以上の売上を超えると、利益をどんどん稼ぐことができるのです。

例えば、固定費型企業の代表であるホテルでは、宿泊客が増えるとクリーニング代や備品の交換費用といった変動費は増えますが、これらの費用はホテルが抱える固定費と比較すると大した金額ではありません。ホテルの費用の大部分は建物への投資費用(減価償却)や人件費といった固定費です。固定費は、宿泊客の数に関わらずほぼ一定でかかってしまう費用です。

ホテルでは、宿泊客が多くなって稼働率が上がり、損益分岐点売上高を超えれば(図の右に行けば)営業利益は大きく増えます。逆に宿泊客が少なく、稼働率が計画数値を下回れば、設備にかかる減価償却や人件費等、固定費が回収できなくなるため、赤字が膨らんでしまいます。

例えば、宿泊可能客室数が100室のホテルであれば、宿泊率が70%(70室)でも98%(98室)でも固定費は変わらないため、宿泊率が98%の方が当然利益は大きくなります。もちろん、どんなに需要があっても、投資した設備(ホテルの場合は客室数)が売上の上限になりますが。

ホテルは、卸売業や小売業のように、需要に応じて仕入れを調整することができません。このため、コロナ禍で海外からの観光客が来日できず、開店休業状態になってしまうと、赤字幅はどんどん拡大します。

航空機運輸業も固定費型企業の代表ですね。高額な飛行機の機体やそれを運営する人件費等の固定費負担は大きいですが、燃料等の変動費はそれほど大きく影響しません。ただしそれは過去の話で、昨今はエネルギーコストの上昇でかなりの影響を受けているため、サーチャージという形で顧客に転嫁しています。

例えば、300人乗りのジェット機は、駐機場に泊っているだけでも固定費が掛かります。飛行機が飛ぶ場合の燃料や乗客に出す食事代等の変動費は、ジェット機の投資(減価償却費)金額と比較すると、乗客が300人でも10人でも無視できるほどの少額です。こちらもホテルと同じで、売上が損益分岐点以上を確保できていれば、乗客が増えた分だけが利益となり、損益分岐点を下回ると、固定費が賄えずに赤字になってしまいます。

こうした理屈がわかると、通常料金の2割や3割で安売りされる航空券が存在する理由も理解できると思います。航空会社は、飛行機を飛ばそうが飛ばすまいが、固定費の額はさほど変わらないため、旅行客が少ない閑散期等には、チケットの代金を安くしてでも、トータルの収入金額を稼ぎたいと考えて、少しでも多くの乗客を乗せることで固定費を回収しようとするのです。

コロナ禍で宿泊者が減少したホテル業界も同じです。一時は大幅な引き下げをして宿泊者を増やそうとしていました。価格を下げても、宿泊してくれる人がいれば、固定費を少しでも回収できます。

これに対し、卸売業のような変動費型企業では、利鞘が売上金額の増減によって変わるわけではないため、景気が良くなって販売が伸びても、利益が極端に増えることはありません。その反対に、景気が悪くなって商品が売れなくなっても、商品の仕入れと販売に関わる損はほとんど出ません。もちろん、人や家賃等の固定費はゼロではないので、その分はキャッシュアウトしてしまいますが、それさえ耐えられる資金があれば、固定費型企業よりも景気の変動に対する耐久性は強いと言えます。

こうした理由で、変動費型ビジネスはローリスクローリターン型、固定費型ビジネスはハイリスク・ハイリターン型と言われます。

ビジネスに際しては、事業が固定費型なのか変動費型なのかを理解し、事業構造に応じた事業計画を策定することが大切です。

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